パリで話を聞く

2024.10.31

赤い傘

パリでは3つのセックスワーカー支援団体と法律家からお話を伺いました。フランスでは買春処罰法もあり、セックスワーカーを取り巻く環境は決して良いとはいえません。しかし、パリやそれ以外の地域都市でも、医療や生活について、セックスワーカーへの支援も継続的に行われ、どれもがユニークなものでした。今回のレポートでは、それらの団体と法律家の活動について、紹介していきます。

Les Roses ‘adcier(ル・ロゼ・サドゥシェ)

中国人移民女性と中国人セックスワーカーのために設立された団体。日本語に訳すと「鋼鉄のバラ」です。セックスワーカー当事者で構成され、年会費15ユーロを払うと、団体として取り組むプログラムや委員を選ぶ選挙権が与えられます。2022年度は会員が201人会員、会員以外でも400人が活動に参加しています。1000人以上が参加した買春処罰法に反対するデモでは、Les Roses adcierのメンバーが300人以上参加しました。

移民がデモに参加することは、移民の多いパリであってもハードルが高い行為です。ですが、買春処罰法が「人身売買被害者のため」という、お題目を掲げながらも、結局、一番打撃を受けるのは自分たちだと理解した人達の切実な訴えが現れた行動だったのです。もちろん、個人が特定されないように、お面をつけるなどという対策が講じられました。

Les Roses adcierの事務所はACT UP Paris内にあります。ACT UPは、ウィルス性肝炎、その他のSTI(性感染症)と闘う団体です。加えて、性的少数派および性的少数者の権利を求める運動も行っています。1987年にニューヨークで、アメリカの劇作家であり同性愛者の権利活動家のラリー・クレイマーが発足。ACT UP Parisは、1989年から始まりました。セックスワーカーの支援団体が、性的少数者への性感染症予防啓発と協働しているのは、日本とも共通しています。

Les Roses adcierの繋がっているセックスワーカーは、40代以上の女性が一番多く、この年代を超えると乳がんや子宮がん等、大病を患う人が増えていきます。大きな病気は手術や治療が長くかかります。だから、手術や治療を控えたワーカーは早いうちにお金を稼ごうと、コンドーム無しのプレイを受け入れるなどリスクの高い働き方を選ぶ傾向にあります。そこで、Les Roses adcierは、フランスのエイズ予防財団に「公衆衛生の問題はセックスワーカーだけでなく、社会の問題である」と、大きな病気で今までのように働くことが難しいワーカーに、月300€が治療の期間中に支給されるよう要求し、見事に実現しました。

セックスワーカーの多くはお金の為に就業します。性感染症罹患のハイリスク層の1つでもあります。ハイリスクな行為を受け入れるのは、社会、その人が置かれている状況なども要因となり、性的な行為のみならず、生活面などへの視点も大事になります。

Les Roses adcierのメンバーに、SWASHに対していただいた助言は、「支援活動にはお金がかかるものだ。だから沢山発信して、もっと人に伝えて、必要なお金を(政府などに)要求しなさい」というものでした。

日本にいると、お金の話をするのは野暮のように思いがちですし、NGO活動は無償が美しいように捉えられます。しかし、それでは取り組みを行う人員を擦り減らしてしまうのです。こうした問題にも改めて気づかされる時間でした。

ACT UP Parisの写真。

 

セックスワーカーの支援をする団体の事務所が「社会と社会文化のセンター」に入っている。

 

Jasmin(ジャスミン)

Jasminはセックスワーカーに対する仕事の中で起こる暴力と闘うためのプログラムです。

フランスのセックスワーカーへの数々の支援取り組みに助成を行っている団体が、【medecins du monde(世界の医師)】です。medecins du mondeは、最も脆弱な人々のケアに取り組み、医療へのアクセスに対する障壁を取り除くことを目指しています。また、尊厳及び人権の侵害を非難し、全ての人々の保健政策における持続可能な改善を達成することにコミットしている団体です。

Jasminの取組の特色の1つに、暴力や窃盗、粘着質な態度などのセックスワーカーの心身にとって有害なクライアントの情報を共有するシステムがあります。詳細はこのシステムを使用するセックスワーカーの安全性を守る為書きませんが、フランスでは個人交渉が主なので、こうした有害なクライアントとの接触を防げるシステム作りはとても重要です

その他にも、短編映画のように作成された「警察がセックスワーカーだと見くびって勝手なことを要求してきた場合の対処の仕方と正しい知識」や「セックスワーカー自身が発明した自己防衛のスキル」の映像が団体のWebサイトに掲載されています。移民向けのアドバイス(居住許可が無くても権利行使をするため)なども用意されています。

SWASHが伺った時には、事務所でオンラインを使用したアウトリーチが行われていました。メンバーの1人は社会学者でもあり、世界中の様々な地域で暮らしてきた経験があります。こうした経緯が、各セックスワーカーの置かれた状況が多様であることへの理解に繋がっているのかもしれません。メンバーの1人は、以前来日した際に入手したSWASHの資材を見せてくれました。

Jasminを始め、セックスワーカーの医療に助成を行っている「Medecins du monde」のロゴ。

 

Jasminの法律家サラ・マリーさん

同じく、Jasminのメンバーである法律家のサラ・マリーさんにお話を伺いました。彼女はフランスのセックスワーカー261人が、「買春処罰法は人権侵害である」と欧州人権裁判所に訴えた裁判を担当しています。

お会いした日はとても暑く、飲み物を出してくれながら日本の状況にも興味を示して下さいました。サラ・マリーさん以外からも渡欧中に何度も訊かれたことですが、「どうしてSWASHはメンバーがそんなに少ないの?」と尋ねられました。日本ではアクティビズム自体が身近でないこと等を説明しました。「そうか、ここはフランス革命のお膝元!」としみじみと感じ入りました。

日本の売春防止法では、不特定多数との金銭を介した膣ペニス挿入行為のみが「違法」とされること、その割に不特定多数の範囲がはっきりしないこと、グレーゾーンの職種があること、グレーゾーンを成り立たせている理屈などにもとても関心高い様子でした(どちらかと言えばOh! my godの表情)。

SWASHがサラ・マリーさんに教えていただいたことは、買春処罰の影響の実態や法の成り立ちの経緯、その当時の反響等でした。

 

買春処罰についての記事を参照:買春処罰がSWに与えた影響に関するレポート

彼女の話の中で驚いたのは、ネットでの個人売春の場合、警察も「買う」を証明することは難しい。なので捕まる人も少ない。ネットでやり取りを行うことにハンデがある、フランス語や英語に不得手な移民ワーカー達がストリートに多くなる構図があるということです。脆弱な立場の中でも、さらに周縁化されるのが移民たちというわけです。

サラ・マリーさんとはパリ視察後の国際エイズ会議でもご一緒し、彼女のセックスワークの非犯罪化を強く求める声にとても勇気づけられました。日本でも買春処罰法立案が懸念されていることにとても心配をし、今後も何か力になれることがあればと励ましてくれました。

Lotus Bus(ロータスバス)

Lotus Busは、パリにおける中国移民ワーカーに向けたアウトリーチプログラムです。中国からの移民が多い地域に事務所があります。以前は事務所がなく、バスで移動し活動していたそうです。

中国からの移民セックスワーカーの多くは、フランス語を話すことが出来ず、使える社会制度の情報にアクセスすることも困難な場合があります。使うことが可能な社会的制度から離れていることもあり、彼女ら/彼らにとって、自身の情報を言葉がわかる状態で受け取れることは死活問題に繋がります。Lotus Busでは、中国からの移民セックスワーカー自身が、中国移民セックスワーカーが多い売春地域でのコンドーム等の配布を通じて、正しい情報や相談先を伝える「アウトリーチ」のアプローチを行っています。意義のあるプログラム内容を伝えるためにも、共通する体験と言語がわかることは大きな力になります。

アウトリーチでは、コンドームの配布だけでなく、コンドーム(ペニス用ヴァギナ用共に)の装着の仕方を模型を使ってレクチャーもしています。正しい装着方法を確認できるよい機会にもなります。アウトリーチのフィードバック方法も匿名性を守り、簡潔に作られており、気軽に参加しやすく、アウトリーチに参加するワーカー達の負担も少ないものになっています。

また、セクシュアルヘルスだけでなく、法的な相談、在留の支援、医療支援なども行っています。移民のケースによっては、フランスの医療制度にアクセスしやすい状況ではない人もいます。そんな時でも、医療を安心して受けることが出来るようなサポートをしています。

事務的な用務を請け負っているのはIT関係の仕事に従事する中国から移住してきたセックスワークの経験がない方でした。非当事者なのに、どうしてセックスワーカーの活動に参加しようと思ったのか訊いてみました。この活動にセックスワーカーの活動に、全く関与していない頃、バスでアウトリーチ活動をしているLotus Busを見かけて関心を持ったそうです。その話を伺った時にいただいたアドバイスは「どんな人が、どんな事をしているのか、見えないと人は関心を持てない」でした。

私たちは活動を続けていると「もう充分言っている」ような気がする時があります。「同じ事を何回も言い続けてしつこいと思われてないかな?」と気が退ける時があります。でも、しつこいと思う人が9人いても1人が「初めて知ること」に繋がるかもしれません。私たちのような草の根のNGOは、その数としては、少なく見えるほうに狼煙をあげ続ける事がとても重要なのだと再確認するひと時でした。

SWASHが事務所に伺っている最中に、気持ちを新たにしたことがあります。それは、私たちは「お邪魔をしている」ということです。共通項としてセックスワーカーであるとしても、私たちは数日で帰ることが決まっている訪問者であり、ここでアウトリーチに参加するセックスワーカー達と持っているリスクは違います。当然ですが、最初はとてもよそよそしい態度が、私たちに向けられました。しかし、ある種の居心地の悪さ、警戒される空気というのは、私たちの存在が彼女たちにリスクを感じさせていることの表れだと感知できなければならないものです。そうした気持ちを忘れず、同時にある程度の貪欲さも発揮し色々訊いている内にLotus Busのスタッフも自分たちの取組を見せながらとても丁寧に説明くださいました。帰りに一緒にパブでちょっと一杯(ノンアル)引っかけながらお互いのパーソナルな来し方などを話し、笑い、ハグをして別れたのでした。

駆け足で過ごしたパリ視察でしたが、皆さん本当にパワフルでフレンドリーでした。話してみると、パリでも日本でもセックスワーカーを取り巻く環境には共通することが沢山ありました。

法やモラルが、セックスワーカーに対しては、人権を凌駕してくる。そんなことがあってはいいはずがない。でも、この部分を世に拡く、説得するのは本当に骨が折れることです。

性が絡むと多くの人は客観性と他人との境界線がブレがちです。性は誰にでも何らかの形で存在し、とてもプライベートなことだから。それでいて制度設計にも関与する、とても公的なことでもあります。だからこそ網目を細かく、範囲の広いカラフルな網を多くの人と紡いでいく必要があるのだと、そうしたことに気づかされるパリ滞在でした。

パリの移民の多い地域での性感染症検査所。LGBTQのマークと共にセックスワーカーの権利運動のモチーフである赤い傘も。セックスワーカーにも安心して利用出来ることを示している。

Lotus Busでコンドーム(ヴァギナ用ペニス用)の装着方法の確認に使うグッズを実際に試させてもらった。ヴァギナ用を装着するのはひと際コツが必要でした。

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