プレスカンファレンス:フランスの買春処罰法に関する欧州人権裁判所の判決とセックスワーカーの応答
2024.10.31
私たちは、買春処罰法に反対することを目的にこのプロジェクトを開始しました。買春処罰法は、スウェーデンやフィンランドなどの北欧で最初に導入されたことから「北欧モデル」と呼ばれることもあります。北欧の「福祉国家」というイメージがこの法律の普及に影響を与えていますが、実際には北欧を含む世界中のセックスワーカー権利運動団体から、買春処罰法によって労働環境が悪化したというネガティブな影響が報告されています。そのリアルを映したドキュメンタリー映画の一つが『ぜんぶ売女よりマシ』です。11/8 (金)に東京・歌舞伎町でも上映予定ですので、ぜひお越しください。
お申し込み(定員50名)
プレスカンファレンス
今回は、2024年7月25日、国際エイズ会議で行われた買春処罰法に関するセックスワーカーとサポーターによるプレスカンファレンス(記者会見)の様子をまとめた記事です。実際の様子は、ヨーロッパの30カ国以上、100を越えるセックスワーク団体によって構成されるESWA(European Sex Workers Rights Alliance)のYouTubeチャンネル(英語)で見れますので、ぜひご覧ください。
ESWA(European Sex Workers Rights Alliance)のYouTubeチャンネル(英語)
まず、この記者会見の背景について説明します。2019年12月、261人のセックスワーカー(その多くは移民)が欧州人権裁判所に以下のことを訴えました。彼/彼女らは、フランスの買春処罰法が、セックスワーカーの職業選択の自由や性的自己決定権、身体の安全、健康、尊厳を守る権利と両立するかのかどうかを問いました。そして、2024年7月、最終的に欧州人権裁判所はフランスの買春処罰法が、第8条(主に私生活及び家庭生活の尊重についての権利)に違反していないと判断しました。これは、訴えたセックスワーカーたちにとって残念な結果でしたが、裁判の過程で、買春処罰法がセックスワーカーに悪影響を及ぼしていることが認められました。また、訴えた人たちによる証拠によって、刑罰化はセックスワーカーが直面するリスクを増加させることを示していること、そして、状況の変化に応じてこの法律を見直す必要があることも認めました。これは難しい裁判の中で訴えた人たちが得た一部の勝利でした。この記者会見は、この判決に対する主にフランスで活動しているセックスワーカーとサポーターたちの応答です。
スピーチのまとめ
少し長くなりますが、どのスピーチの内容も非常に素晴らしかったため、できる限り分かりやすく日本語に翻訳しました。ただし、すべてを逐語訳したわけではなく、要点をまとめたものになります。
まずは、私たちも国際エイズ会議直前にパリでお会いした世界の医療団(Médecins du Monde)で活動する弁護士サラ・マリーさんによるスピーチです。
「アムネスティ・インターナショナルや国連の世界保健機関(WHO)など、多くの国際人権機関は、セックスワークの犯罪化が人権侵害であり、セックスワーカーたちをより搾取されやすい立場に置くことを指摘しています。これらの機関は、セックスワーカーの基本的人権を守るために、非犯罪化の必要性を主張しています。私たちも同様に、完全な非犯罪化によりセックスワーカーの人権が守られることを求めています。しかし、欧州人権裁判所は、買春処罰法の悪影響を認めたものの、セックスワーカーたちを裏切りました。私は、アライとして、すべてのセックスワーカーが人権を享受できるまで、完全な非犯罪化を求め続けます。」
二番目は、Mimiさん。フランスのトランス移民セックスワーカー団体Acceptess-Tの代表で、フランスのセックスワーカー労働組合STRASSのメンバーでもあります。彼女自身も移民のトランスのセックスワーカーで、パリを拠点にしています。
「まず、こちらの写真をご覧ください。彼女はフランス・パリに住んでいたペルー出身の移民のトランスセックスワーカー、ジェラルディンです。彼女は先週殺されました。買春処罰法の影響で、彼女は貧困に苦しみ、命を奪われました。他にも、ヴァネッサ、ジェシカ、サバなどが、スティグマや差別によって命を失っています。2016年に買春処罰法が導入されて以来、セックスワーカーに対する暴力や殺人が増えています。特に、トランス女性や移民女性がより多くの被害に遭っています。また、警察の取り締まりにより、顧客との交渉が難しくなり、コンドームの使用が難しくなった結果、HIVや梅毒の感染も増えています。欧州人権裁判所の判決は、この議論を後退させました。しかし、私たちは、自分たちの権利のため、非犯罪化のために戦い続けます。勝利を目指し、ストリートから国会まで、あらゆる場面で階級闘争(class struggles)と大規模な動員(massive mobilisation)を行い、戦い続けます。最後に、世界中のセックスワーカーたちへ。私たちは団結しなければなりません。私たちは国境を越えて、私たちはすべてのセックスワーカーの勝利のために、連帯しなければならないのです。」
国際家族計画連盟(International Planned Parenthood Federation:IPPF)のルカ・スティーブンソンさんによるスピーチ。
「欧州人権裁判所は、買春処罰法がセックスワーカーの権利を侵害していることを認めましたが、今回の判決には非常に残念に思います。どのようなかたちの犯罪化も、セックスワーカーの脆弱性やジェンダーに基づく暴力、HIVのリスクを増加させてきました。また、セックスワーカーたちを必要なサポート(例えば、医療アクセス)からも遠ざけています。IPPFは、フランス政府に、買春処罰法を廃止し、セックスワークの非犯罪化を求めます。スウェーデン、ノルウェー、カナダ、イスラエル、韓国など、他の国でも買春処罰法が導入されていますが、これらの国々も同様にこの法律を廃止する必要があります。IPPFは、全ての人の自己決定権が尊重され、ジェンダーに基づく暴力がなくなることを目指しています。非犯罪化は、公衆衛生だけでなく、人権の観点でも緊急の問題です。今こそ非犯罪化が必要です。」
次は、ヨーロッパのセックスワーク団体ネットワークESWAの代表、サブリナ・サンチェスさんです。
「今日は欧州人権裁判所が、非正義を正すための貴重な機会を無駄にした日です。しかし、この判決は、残念ながら驚くべきものではありませんでした。ヨーロッパ、そして世界中のセックスワーカーたちは長年、十分な正義にアクセスすることができていません。欧州人権裁判所は、現状維持を選択しました。2018年にフランスで買春処罰法が導入されて以来、30人以上のセックスワーカーが殺されました。この法律によって、多くのセックスワーカーのメンタルヘルスも悪化しました。特にパンデミック中、フランス国家から経済的・社会的支援を受けることが難しくなったためです。例えば、すでにヨーロッパ諸国で導入されている生活費の上昇や移民の取り締まり政策など、構造的で本質的な問題が続く限り、私たちセックスワーカーは魔法のように消えることはありません。私たちは、セックスワーカーの権利、安全に働く権利を求めて、また、ファシズムやパレスチナに対するジェノサイドに反対して戦い続けます。¡Las putas unidas jamás serán vencidas, las putas unidas jamás serán vencidas(団結したあばずれたちは決して敗北しない)! 」
最後に、国連特別報告者であるトラレン・モコフェン (Tlaleng Mokofeng)さんによるスピーチです。
「欧州人権裁判所に対する私たちの訴えは、セックスワークのあらゆる犯罪化がセックスワーカーたちの健康に生きる権利(the right to health)を侵害し、国際人権法に反しているというものでした。私は、欧州人権裁判所に買春処罰法がセックスワーカーに与える影響について証拠を提出しました。長年セックスワークが感染症の温床だというモラルパニックが続いています。セックスワーカーたちは、感染症について知識も情報があっても、公共のセクシュアルサービスにアクセスできないのが現状です。さらに、職業に対するスティグマだけでなく、ジェンダー、セクシュアリティ、障害、人種、移民などによって差別されていることも要因です。これは、レイシズム、植民地主義、帝国主義など構造的でインターセクショナルな問題です。国際法において、フランスはセックスワーカーたちの健康に生きる権利を護義務がありますが、例えば、その一つであるセックスワーカーのプライバシーの権利は侵害されています。買春処罰法導入によって、セックスワーカーは監視社会のターゲットになりました。警察官によるハラスメントの被害をより受けるようになったのです。救助的(savior)なアプローチは、セックスワークの歴史やコンテクストのニュアンスを理解することが難しいです。私は、UNAIDS、UNFPA、UNDP、国連人権高等弁務官と協力し、フランス政府に対して「刑罰的アプローチは機能しない」と訴え、セックスワークの非犯罪化を求めていきます。非犯罪化こそが、セックスワーカーの人権を尊重する唯一の手段です。国連の持続可能な開発目標(SDGs)の基本理念である「誰も置き去りにしない」を実現するためには、まず、置き去りにされている人たちの存在を認めることが必要です。しかし、今回の判決は、まさに誰かを置き去りにする決定でした。私たちはモラルに基づく判断ではなく、証拠に基づき、この戦いを続けなければなりません。これはフランスだけの問題ではありません。セックスワーク、食料不足、住宅問題、貧困、戦争など、グローバルに繋がった問題について議論することが重要です。そして、誰が議論の中心にいるのかを問う必要があります。ジェノサイドは公衆衛生の緊急事態です。私たちは、パレスチナ、コンゴ、スーダンの人々と共に立ち上がるべきです。なぜなら、彼らも帝国主義や植民地主義による暴力の中で生きているからです。私は、ジェノサイドを今すぐ止めるため、停戦を求めるとともに、ヨーロッパ諸国がイスラエルへの資金援助や武器提供を停止するよう強く要請します。セックスワーク is ワーク。もうまた10年も待てません。今すぐ非犯罪化を!」
写真:記者会見後に行われたセックスワーカーとアライによるデモの様子
日本でも…
日本でも、買春処罰法が導入されてしまうと、記者会見でそれぞれが示していたようなリスクが高まる可能性があります。まさに、フランスで、その悪影響を目の当たりにしてきたセックスワーカーの活動家の話を聞いていて、いろんな感情がこみ上がり、涙がこぼれ落ちました。
ミミさんが言っていたように、職種や出身地、ジェンダー、セクシュアリティが違くても、すべてのセックスワーカーの安全のために私たちは連帯していく必要があります。買春処罰法は、国家や行政による特定の職に就く人たちの、特定の移民の、トランスジェンダーの、「生(lives)」のコントロールです。性産業に従事する人々の貧困や性感染症、暴力や差別の問題は、この法律を導入するだけで簡単に解決するのでしょうか。どれも資本主義、家父長制、異性愛主義、移民差別などが複雑に絡み合う問題であり、それらに取り組むための第一歩は、当事者たちの経験や声に耳を傾けることではないでしょうか。SWASHはこれからも、ヨーロッパで集めた証拠や調査結果を共有していきますので、引き続きクラウドファンディングへのご協力をお願いいたします。