トランスジェンダーのセクシュアルヘルス増進に向けて

2023.01.28

はじめに

SWASHメンバーのりりぃと言います。私はこれまで、トランスジェンダーやセックスワーカー、MSM(男性とセックスする男性)のセクシュアルヘルス増進のための活動や研究に携わってきました。

このコラムでは、これまでの取り組みをざっくりと振り返りつつ、HIV/AIDS・性感染症予防におけるトランスジェンダーやセックスワーカーの脆弱性であったり、その問題解消の前に立ちはだかる壁、これからやりたいと思っていることなどについてお話しようと思います。

スティグマ

2018年9月、SWASHと連携しながらセックスワークにまつわる活動や研究に取り組んできた人々によって執筆された書『セックスワーク・スタディーズ』が出版されました。

この中で私は、「第10章 セックスワーカーにどう伴走するか」を担当し、ヒロさんというニューハーフ・ヘルス嬢の経験を中心にセックスワーカーへの医療や支援サービスの問題について書きました。実は、このヒロさんというのは私自身のことだったのですが、執筆当時はセックスワークをしていたことが広く知られるのではないかと思い、悩んだ末に架空の人物を通して自身の経験を語るというスタイルをとりました。

それは、トランスジェンダーやセックスワーカーへのスティグマ(望ましくないというまなざし)によって、どれだけ多くの人たちから馬鹿にされたり仲間はずれにされやすいのかを身をもって知っていた私が取った予防的な態度でした。

スティグマとは、言わば気に食わない相手に気軽に小石をぶつけたり岩を投げ落とすようなもので、たとえ一回だけでは大きなダメージにならなかったとしても、着実に相手の力を奪い、このように日常生活のあらゆる場面で不安にさせたり萎縮させたりするほどの力を持っています。

脆弱性

スティグマによって、トランスジェンダーの人々が教育や就業の機会を奪われやすかったり、その結果数少ない生活費を稼ぐための方法がセックスワークに偏りやすいということは、これまで多くの人たちから指摘されてきました。

例に漏れず私自身も、20代前半から30代半ばにかけて女性の姿で働くための唯一の手段がセックスワークでした。

そして、毎日のように肛門性交を伴う性的サービスを提供するようになったことから、HIV/AIDS・性感染症予防のための知識や情報をよりいっそう必要とするようになったのですが、そうなって初めてトランスジェンダーやセックスワーカーのセクシュアルヘルス増進のための情報がほとんど存在しないことや、トランスジェンダーでありセックスワーカーでもあるということによってさらに差別を受けやすく、また医療や支援サービスへのアクセスも阻害されやすいことが分かり、打ちのめされるような思いと同時に怒りもこみ上げてきました。

市民活動

こうした経験を背景に、私はMSMのセクシュアルヘルス増進やセックスワーカーの健康と安全のために活動する市民団体とつながり、それらの活動に参加するようになりました。

とりわけHIV/AIDS・性感染症予防啓発については、MSMのための活動から多くを学ぶことができましたが、他方でとても真似できないと思う部分も多くありました。

たとえば、MSMの場合はゲイタウンという活発な性行動を取る人たちが多く集まる商業エリアが存在したり、そのエリアの中で活動の拠点となるコミュニティセンターが運営されていたり、HIV感染症に対する身近な意識がコミュニティの中に根付いていたり、高学歴で常勤職に就きながら市民活動に参加できる人たちが珍しくなかったりします。

そのため、ボランティアを動員してニーズの高い集団の中に予防啓発のための情報を流して拡散させたり、逆にその中にある情報を集めたり、ベースとなる調査と比較して予防啓発活動の効果評価をするという一連の取り組みを効率的に実施することだってできます。

また、長年に渡る活動の蓄積から、当事者を中心とする市民団体のメンバーと研究者、医療従事者、行政担当者などとの対等な立場での意見交換や協働のスタイルも確立されています。

このように、MSMのための活動は非常に洗練されていて参考にしたい部分がたくさんあるのですが、多くのトランスジェンダーとはそもそも置かれている状況がかなり異なっているため、とてもそのままでは真似できないものでした。こうして、MSMのための活動に参加していろいろと学び取る一方で、私はトランスジェンダーのためのオリジナルなやり方を模索する必要もあったのです。

国の指針

トランスジェンダーのセクシュアルヘルス増進に向けた活動をするために私がやってきたことは、MSMやセックスワーカーのために活動する市民団体に運営の段階から参加し続けるということでした。

これはかなり地味だし心が折れるようなこともたくさんありましたが、それを続けることで少しずつ運営の中心に関われるようになり、やがてそこの人脈やリソースをトランスジェンダーのためにも活用できるようになっていきました。しかしながら、それだけでは超えられない壁も存在しました。

たとえば、国によるエイズ対策のための指針にトランスジェンダーが明記されていないことから、当該集団に焦点化したエイズ対策のための予算が存在せず、それゆえMSMやセックスワーカーのための活動や研究の周辺で細々とトランスジェンダーのための取り組みを進めるしかありませんでした。

国のエイズ対策におけるトランスジェンダーの不在は、予防啓発活動どころかそのベースとなる情報を集めることすら難しい状況に置かれています。

私は長年同じことを言い続けているのですが、エイズ予防指針にトランスジェンダーのための予防啓発の必要性を明記することなしには、いつまでたっても当該集団のHIV/AIDS・性感染症予防の取り組みを前に進めることはできません。

これから

それでは最後に、来年度からやりたいと思っていることをいくつか書いて締めくくりたいと思います。

まずは、前述のとおりエイズ予防指針にトランスジェンダーについて明記するよう改めて訴えるということです。

同指針は今年(2023)末ごろ5年ぶりに改正される予定なので、今年末に京都で開催される日本エイズ学会での発表をはじめ、関連動画の作成や勉強会の開催など、今回こそは明記されるよう積極的に働きかけていきたいと思っています。

次に、新たな調査を実施するということです。

たとえば、これまでに実施したトランスジェンダー対象のSNSを活用したアンケート調査ではかなり回答者に偏りが見られましたので、今後は貧困層や地方在住者、セックスワーク経験者など、より脆弱な状況に置かれている人たちからも多く回答を得られるよう工夫する必要がありますし、回答者の学歴や雇用形態、趣味、他者とのつながり、所属するコミュニティなどが自身のセクシュアルヘルスにどの程度関連しているのかを分析したり、ニーズに応じた予防啓発を実施するために一見ばらばらのような当事者たちをある程度クラスターに分けて分析する必要もあると考えています。

さらに、統計的調査だけでなく、たとえば医療や支援サービスにアクセス困難な状況が当事者と医療従事者、支援者などとの相互作用を伴って引き起こされている可能性を踏まえ、質的な調査も必要だと考えています。

最後に、連携を強化したり情報を公開するということです。

当然ながら、前述したことを自分ひとりではできないので、市民団体のスタッフや研究者、医療従事者のみなさんとこれまで以上にしっかり連携していく必要がありますし、そもそも私は常勤職に就けておらず吹けば消し飛ぶような生活を続けていますので、仲間を増やしたり誰かに引き継いでもらえるよう、できる限りやっていることや成果についてアクセスしやすいかたちで公開したいと思っています。

そういうわけで、来年度はこれまで以上にバタバタする年になりそうですが、無理しない程度に頑張っていこうと思いますので、どうぞよろしくお願い致します(m_ _m)

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